ソーバーキュリアスライフ

ソーバーキュリアスになるのは自分の意志で

2021-04-07

当たり前ですが、お酒を飲むのも個人の自由ですし、お酒から離れてソーバーキュリアスになるのも、これまた個人の自由です。

すべて自分で決めるのです。

Motoko
この記事は、他人の意見に振り回されていた過去の自分へのアドバイスです。

他人に相談する必要はない

二つのプラン、選ぶのは自分

二つのプラン、選ぶのは「自分」です。

お酒をやめる前の私は、「お酒から離れたほうがいいかな?」と考えたときに、友人や家族にその考えを話す、ということをよくしていました。

このように誰かに話してみる、相談してみる、ということ自体は良くも悪くもないと思います。

しかし、私の場合は、相談するたびに「そんなに自分の酒癖のことを深刻にとらえなくてもいいか!」という結論になり、ソーバーキュリアスになるまで、結構な時間がかかった、という経緯がありました。

皆さんご存知の通り、日本の文化は、酔っ払いには寛容である傾向があります。

酔って記憶をなくしても笑い飛ばされて終わり、なんてこともわりと普通にあるのではないでしょうか?

私も、幸か不幸か、「愉快な酔っ払い」だったようで、酔っては冗談を飛ばして人を笑わせたりしていたようです。

ですから、こんな私が、自分の飲酒について問題を感じて、お酒から離れたほうがいいだろうか?という相談を持ちかけると、9割以上の確率で、

「全然問題ないよ!わざわざお酒をやめる必要なんてない!」

というアドバイスをもらっていました。

また、家族ですら「適量を飲めば大丈夫だよ」とおおらかに言っていたぐらいです。

ちなみに、潜在的にアルコール依存症になる可能性のある人は、「節酒しようとしても、一度飲み始めたら、止められない」傾向にありますが、いわゆる普通の人には、その感覚がわからないようです。

ですから、「適量を飲めば・・・」というアドバイスになるのですね。

飲酒に問題を抱えている人は、その「適量」ができないから困っているのです。

また、他人は酔った私が饒舌になり、面白いことをポンポン喋るのを見て、楽しいかもしれません。

そして、もし私が飲むのをやめてしまったら、そのようなエンターテイメントが無くなってしまうから「つまらない」と思うのかもしれません。

しかし、だからこそ、他人の意見ではなく、本当に自分がどうしたいのか?ということを主軸にして、徹底して考えたほうがいいと思うのです。

Motoko
他人は責任を取ってくれません。

自分はどう生きたいのでしょうか?

ココがポイント

他人が「あなたは愉快な酔っ払いだし、何の問題もないよ」と言っても、そこで思考をやめてしまうのではなく、私は本当にどうしたいのか?を突き詰めて考えたほうが良い結果が得られます。

他人をコントロールすることもできない

一方で、他人のお酒とのつきあい方も、その人の自由なのでコントロールできない、と私は考えています。

仮に、私に飲むと酔いつぶれるまで飲んでしまう友人がおり、かつその友人が自分自身のお酒の飲み方に疑問を持っており、私に飲み方についてのアドバイスを求めてきたら、「いっそのことお酒から離れたほうがいいよ」というアドバイスはすると思います。

しかし、求められてもいないのに勝手にアドバイスをしたり、ましてや「お酒から離れなさい!」とか「お酒から離れるべきだ!」と、強要することはしません。

なぜならば、選択権は本人にあると思うからです。

人間はだれしも「まなび」の途上にいるため助言以上のことを他人がするのは、「余計なお世話」だし、むしろしてはいけないことです。

唯一積極的に相手に伝えても良いのは、相手が悪酔いすることで、自分が迷惑を被る場合ですね。

そうい時には、迷惑だからやめて欲しい、ということはハッキリ伝えてもかまいません。

ココがポイント

飲み過ぎる家族や友人がいても、求められていないアドバイスや「お酒をやめるべき」などということを強要しないほうがいい。
なぜならば、自分で考えて自分で決めることだから。

まとめ・こたえは自分の中にある

答えは自分の中にすでにある
自分で考え、自分で納得したことじゃないと、長くは続きません。

ですから、自分を変えたいのであれば、徹底的に自分と向き合う、という作業が必要です。

このサイトでは、迷いの中にある人が判断材料にできるように、ソーバーキュリアスになることのメリットを発信し続けます。

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